「人からどう見えるかを気にする」と聞くと、体裁や世間体を気にして個性がないなどと、日本ではおそらくどの年代からも評価されないことでしょう。

しかし、「人の目に心地よく、美しく映る術を計算する力」を持っていることは、大変な才能だと思います。英国人は普通の人々が、風景・景観という方面でこの力を持っているのだと思います。
写真は今年のチェルシー・フラワーショーでお見かけした、ご婦人方です。懐古趣味のデモンストレーションではありません。普通の来場者です。たくさんの買い物をしてお疲れのようですが、本当に幸せそうです。服装を良く見てください。なんとも流行とは無縁のファッションではありませんか。しかし、チェルシー・フラワーショーにはふさわしいのです。会場には、ブランドバッグ、ミュール、セクシーなローライズパンツなどNYや東京のスタイルのままという外国人観光客も多いのですが、

フラワーショー常連の英国人女性は、チェルシー・フラワーショーの空気にふさわしい服装に巧みです。男性もスーツ姿ですが、若い方は、夏用の麻のスーツに派手なシャツ、ストローハットを被っています。
庭仕事用のブーツの耐水性をアピールするために、この男性は、水を入れたケースの中に立ち、気取ってポーズをとっています。来場者も開催者も販売者も、チェルシー・フラワーショーの雰囲気を高める構成員として、楽しんで装っているのです。
彼らは、庭を造るときも同じなのです。自分自身も、自分の造る庭も、村や街の景色の雰囲気を高める役割を担っていることを、常に忘れません。
心地よさに帰り着く
チェルシー・フラワーショーはコンテストですから、見せるための芸術としての庭が、入賞作品として展示されています。なかには、どきつい原色や大量の金属を用い、違和感、あるいは時として不快感すら覚える作品もあります。これらは、ショーの意欲的な部分として欠くことができないのでしょう。

ところで、比較的すいている午前中から、多くの人々が留まってしまい、なかなか近づけない作品がありました。それは、こんなおとなしい、しかし美しさと居心地のよさが共存している庭でした。
チェルシー・フラワーショーの会場は大混雑していますが、帰路に着く人々の顔は、疲労感とともに、満足感と幸福感をたたえています。わたしが会場から出て、最初に耳にし、目にしたのは、道を隔てた向こう側にある警察学校の敷地内を、演奏しながら行進している警察ブラスバンド隊でした。黒地に赤い縦ラインの凛々しい制服はおもちゃの音楽隊さながら。またしても、魅せる力を見せつけられました。
そうは言ってもそこは英国
こう書いていると、毎日楽しく過ごしたようですが、実際はかなりの時間は怒っていました。空港からの地下鉄は、something wrongで止まり、乗り換えた地下鉄もsomething wrongで止まる、バスの運転手がさぼり1日1本のバスが来ない。地下鉄もバスも中は落書きとゴミだらけ。切符の券売機は、お金を入れて切符が出てきたら、小吉くらいの運勢の価値がありそうです。この不便極まりない英国に世界中からの観光客が押し寄せているのは、やはり「魅せる力」の成果ではないかと思うのです。